レクリエーションは思わぬ事故を招くことがあります。
特に多くの人が参加する場合には、群衆事故の危険性があります。
関東大震災では「群衆雪崩」と呼ばれる事故が発生して大惨事に至りましたが、メカニズムはそれと同じです。
しかも、これまでの群衆事故はそのほとんどが、イベントなどのレクリエーション関連でした。
群衆事故の事例とそのメカニズム、リスク回避の方法をご紹介します。
群衆事故の事例
まず、これまでの事例を辿り、群衆事故の実態を把握しましょう。
関東大震災
群衆事故と聞いてすぐにイメージするのは、関東大震災ではないでしょうか。
今から100年前の1923年9月1日11時58分に発生した、マグニチュード7.9と推定される大地震です。*1
この地震による死者・行方不明者は約10万5,000人に上ります。
大都市の地震では、「群集雪崩」が起きるおそれがあります。*2
「群集雪崩」とは人が密集したときに1人が倒れることで、周りが雪崩を打つように転倒してしまうことを指します。
関東大震災の3か月後に出版された『関東大震災写真帖』には、「群衆雪崩」の様子が生々しく描写されています(図1)。*3
図1の印をつけた箇所の文章は、今のことばにすると以下のようになるでしょうか。
「助かろうとして目も眩み、押し寄せてくるのに出くわして、橋の上で衝突し、押しつぶされ踏み倒されて、橋から落ちて大きな川に沈む人もいれば、欄干に押しつけられて息絶える人もいる。その様子は白兵戦(刀、剣、槍などを使って闘う近接格闘戦)のようで、ものすごいとも恐ろしいとも形容する言葉もなく、このように命を落とす人は他にあまり知らない」
「群衆雪崩」の凄まじさが伝わってきます。
「明石歩道橋事故」
群衆事故は地震のときだけに生じるわけではありません。
死傷者が出た日本の雑踏事故の事例をみると、神社での餅まきや花火大会、歌謡ショーやロックコンサート、アイドル関連のイベントなど、レクリエーションがらみで多く発生しているのがわかります(図2)。*4, *5
たとえば2001年7月21日午後8時半ごろ、兵庫県明石市の花火大会の会場に近いJR山陽線・朝霧駅南側の歩道橋で「群衆雪崩」が発生し、子供と高齢者11人が死亡、重軽傷247人という大惨事になってしまいました。*6
この事故は、歩道橋上で駅から会場に向かう人の流れと会場から駅に向かう人の流れがぶつかり合った結果、起きたものです。
「ソウル梨泰院雑踏事故」
海外の事例として記憶に新しいのは、2022年10月29日にソウルの繁華街、梨泰院で起きた雑踏事故です。*7, *8
156名が死亡したとされるこの悲惨な事故も、ハロウィーンで大勢の人が集まった狭い通路で「群衆雪崩」が起きた結果です。
目撃者が書き込んだツイッターには、「人々は押し倒され続け、さらに多くの人々が押し潰された 」「群衆の下に押し潰された人たちが泣いていて、自分も押し潰されて死ぬんじゃないかと思った。
穴から息をして、助けを求めて泣いていた」と書かれています。
関東大震災の惨状を彷彿とさせる状況です。
群衆事故のメカニズム
では、こうした群衆事故はどのようにして起きるのでしょうか。
そのメカニズムを探ります。
3つの要因
都市防災の専門家で東京大学大学院の広井悠教授によると、群衆事故が発生する要因は次の3つだといいます。*9
- ハード面:たとえば「ソウル梨泰院雑踏事故」が起きた場所は幅が狭く、前の状況が分からないまま人が次々と流れ込んだ可能性がある。
- 警備体制などソフト面
- 人々がパニック状態に陥るなど心理面の問題
広井教授は「ハード面、ソフト面、心理面のどれか、もしくは複数の機能不全が起きると群衆事故は起きやすくなる」と指摘しています。
群集心理
群集心理は群衆事故に大きな影響を与えます。*10
「群集心理」とは、個々人が集合して群集になったときに生じる心理状態です。
群集は人の集まりですが、各人の役割も組織性もなく、匿名性が高いことから、理性が低下しやすいのです。
さらに異常な雰囲気に巻き込まれると、混乱と無秩序が重なって不測の事故が生じやすくなり、予想以上の規模に拡大することにもつながりかねません。
群衆の行動様式
日本人は左側通行になる行動特性があると言われています。*10
繁華街などの混雑した通りでは、歩行者は自然と左側を通行していることが多いのですが、これは対面から人が向かってくる状況でよく見られる現象です(図3)。
こうした行動様式を考慮して、片側相互通行措置をとる場合、地形や環境による危険性がない限り、左側通行にした方がいいと考えられています。
群集密度
「群集密度」は、群衆事故につながる重要な要素です。*10
群集密度は、[ 群集の人数 ÷ 群集の占有面積 ]と定義されますが、その客観的判断基準は、1平方メートルにおける人数です(表1)。
表1 雑踏密度の客観的判断基準
この基準がどういう状態を表しているのかを理解するためには、次の図4が役立つかもしれません。
図4の左図は5~6人/㎡、右図は10人/㎡の状況です。
ただし、同じ状態でも冬場は服装によって1人当たりの占有面積は拡大します。
上述の「ソウル梨泰院雑踏事故」では、混んでいるところには1平方メートルあたり14~15人いたとみられていますが、14人のとき、押される方向には270キロもの力がかかります。
ひとりあたりに換算すると、約100キロ。3人に1人が呼吸困難に陥ったといいます。*11
「ソウル梨泰院雑踏事故」では、大勢が亡くなった狭い通路周辺で「ショックウェーブ」と呼ばれる人波のうねりが発生し、「群衆雪崩」を誘発したとみられています。*8
ショックウェーブは、狭い道などに集まった群衆が波のように繰り返し揺れ動く現象です。1平方メートル当たり8人を超えると起きやすいという報告がありますが、「明石歩道橋事故」でも起きたと指摘されています。
「ソウル梨泰院雑踏事故」でショックウェーブが発生していたことを映像分析によって確認した神戸大学の北後明彦名誉教授は、「ショックウェーブが起きてしまうと、なすすべはない。通路を一方通行にするなどして人の流れを制御して密集しすぎないようにするのが唯一の防止策」と話しています。
収容能力
劇場や体育施設などの建物にはそれぞれ収容定員があり、1人当たりの専用面積は、都道府県の条例によって定められた算出根拠によって決まっています。*10
屋外施設の場合、収容可能数は [ 施設(広場)の面積(㎡)x 群集密度6 ]ですが、ここでの面積は植え込みや建物を含みません。
ただし、この数値は絶対的なものではありません。なぜなら危険度は、イベントの内容や目的、群衆の性別や年齢、地形などによって異なるからです。
さらに、過去の研究によると、群衆は一般的に、少しでもいい場所に集まろうとするため、場所によって密度に高低が生じることを押さえておく必要があります。
歩行速度
群衆の歩行速度は、気象条件、道路条件、個々の年齢や身体的条件などによって異なります。*10
また、一般的に、都市の規模が大きい方が歩行速度が速いことが知られています。
留意しなければならないのは、群衆の進行方向に階段や曲がり角、出入口がある場合、歩行速度が低下することです。
特に出入り口では群衆は一旦せき止められ、溜まり(滞留)が生じるため、そこに後続の群衆が加わって速度が次第に低下し、ときには停止することもあります。
そうすると、群集密度が高い空間が生じることになります。
流動エネルギー
群衆が移動するとエネルギーが生じ、ときには想像を超えた巨大なエネルギーになります。*10
特に群集密度の高い群衆が移動しようとするときや、停止させられた状態が長くなるほど、その群衆は待つこと、待たされることに苛立っており、その心理が働いて強大なエネルギーとなる可能性があります。
では、群衆が流動するとき、どのように圧力がかかるのでしょうか。
図5のAは圧力がかかるのは一方向だけですが、Bは3方向にかかっていることがわかります。
Bのように、移動する先が直角近く曲がっている場合、乙の幅が甲の幅より狭くなるほど、それに比例して危険度が増します。
さらに、乙が階段や下り坂であれば、最悪の状況といえます。
群衆事故を回避するために
最後に群衆事故を回避するための留意点をまとめます。
ハード面での留意点
まず、ハード面での危険回避方法として、以下のようなことが挙げられます。
- 群衆が集まる空間はオープンスペースが原則。
- 建物内の人の流れをできるだけ直線状にする。
- 出口の幅を入口の幅より狭くしない。
- 傾斜地はスロープ構造にする。階段の場合には角度を緩やかにし、ステップ幅も広くとる。
- 人の流れを一方向的に分散する構造を作る。歩行速度が異なる人々からなる群衆の場合は、低速者と高速者を分離する。
- 通路に歩行を妨げるものを置かない。
ソフト面での留意点
次にソフト面での留意点は以下のとおりです。
- 人には常にゆっくり動いてもらう。
- 人がぶつからないような流れになるよう配慮する。
- 群集密度を減らす。時差入場、時差退場を図る。
- 待たされている群衆のストレスを減らす工夫をする。
- 滞留を防ぐために、群衆の流れを止めている人、群れを成している人を除く。
- 必要な情報は豊富に提供する一方で、複雑な情報や不必要な情報は提供しない。
安全で楽しいレクリエーションのために
これまでみてきたように、生活に楽しみや彩りをもたらすレクリエーションにも群衆事故というリスクが潜んでいます。
そのメカニズムと留意点を把握して安全第一に努め、万が一の場合に備えることが大切です。
資料一覧
- *1
出所)内閣府 防災情報のページ「「関東大震災」特設ページ>関東大震災とは」
https://www.bousai.go.jp/kantou100/ - *2
出所)NHK 高知放送局「群集雪崩の危険性と対策は」
https://www.nhk.or.jp/kochi/bousai/bousaiichiban/article/48.html - *3
出所)国立国会図書館(1923)『関東大震災写真帖』日本総合通信出版社 p.191
https://dl.ndl.go.jp/pid/980717/1/191 - *4
出所)兵庫県警察「雑踏警備の手引き>第5章 雑踏事故の実例」pp.72-73
https://www.police.pref.hyogo.lg.jp/zattou/tebi_data/s5.pdf - *5
出所)兵庫県警察「雑踏警備の手引き>第1章 雑踏の脅威」p.1
https://www.police.pref.hyogo.lg.jp/zattou/tebi_data/s1.pdf - *6
出所)NHKアーカイブス「ニュース 明石 花火大会で歩道橋事故」
https://www2.nhk.or.jp/archives/movies/?id=D0009030306_00000 - *7
出所)東洋経済「目撃者たちが語る「梨泰院」雑踏事故の悲惨な現場 ハロウィーンで集まった人が一斉にパニックに」(2022/10/30 10:00)
https://toyokeizai.net/articles/-/629472 - *8
出所)讀賣新聞オンライン「ソウルの群衆雪崩、「ショックウェーブ」が誘発か…専門家「発生するとなすすべない」」(2022/11/06 09:41)
https://www.yomiuri.co.jp/national/20221105-OYT1T50341/
https://www.yomiuri.co.jp/national/20221105-OYT1T50341/2/ - *9
出所)毎日新聞「「まだ大丈夫」群集心理の危険性 雑踏で事故が起きるメカニズム」(2022/10/30 21:15(最終更新 10/31 15:05))
https://mainichi.jp/articles/20221030/k00/00m/030/260000c - *10
出所)兵庫県警察「雑踏警備の手引き>第3章 群集」p.17, p.18, pp.19-33
https://www.police.pref.hyogo.lg.jp/zattou/tebi_data/s3.pdf - *11
NHK「クローズアップ現代 ソウル転倒事故 “群集雪崩”の脅威と“窒息死”」
https://www.nhk.jp/p/gendai/ts/R7Y6NGLJ6G/blog/bl/pkEldmVQ6R/bp/p5WJwq9vQm/
横内美保子
- 博士(文学)
- 総合政策学部などで准教授、教授を歴任
- 専門は日本語学、日本語教育
高等教育の他、文部科学省、外務省、厚生労働省などのプログラムに関わり、日本語教師育成、教材開発、リカレント教育、外国人就労支援、ボランティアのサポートなどに携わる。
パラレルワーカーとして、ウェブライター、編集者、ディレクターとしても働いている。